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TATS紀行   3―11―2011 津波  2021年3月11日 石井達雄

 3―11―2011 は、津波が日本を襲い、多くの命を奪った日でした。あの時に世界中が、日本を助けてくれて、深い思いやりを頂いたことを10年経た今改めて深くお礼を申し上げたく思います

 私にとって10年前の3月11日は、パリで津波を知りました。友人のYoshioと鹿狩りに参加するために田舎の駅に着いた時、Pierre親父が待っていて、そのままRAP鹿狩りの会の仲間の家に連れて行ってくれて午後の昼食会を用意してくれました。 でも、誰も津波の話を出しません。そして、翌日の鹿狩りの始めにRAPの仲間とフランスの田舎の人達が、日本に対して黙祷をしてくださった事を終生忘れません。

 4月の日曜日の朝、しばらく会っていなかった台湾の友人から携帯に電話がかかってきました。「達雄!大丈夫か?」「呉兄貴?」「そうだ!兄貴だ」日本語下手な彼と少し話せる奥さん、英語で話せる息子と3人が交代で繰り返し。どうやって私の携帯番号を調べたか教えてくれません。

 もう一つの思いやりの気持ちは、私の骨肉分離機 Deboning Separator Chibyチビに付けているプレートです。この「津波生還者号」はデモ機として今も稼働しています。鮭を加工したいという会社からもう一度貸して欲しいというので2月末に送りました。2週間後、津波が宮城県石巻市にも押し寄せて、人命、財産、希望を打ち砕いてしまったのでした。1ケ月後の4月末にその会社の工場長から電話が来て、思わず私は「アンタ 生きているの?』と言ってしまいました。1m50cmもヘドロが来て、機械は埋もれてしまったと。でも工場では亡くなった人はいなかった。よかった。5月始に見に行きました。信じられない世界を見ました。
タクシーの運転手から聞いたのは、「津波というのは黒い山が走ってくるようなもので、車が渋滞で動かない。だから、自分の車を捨てて前の車の屋根伝いに逃げたから助かったよ」と。

チビのモーターは、煮込んで、乾燥室に3日間、機体や部品は大丈夫でした。

このことをTPMのRogerに電話すると彼は「それは 英雄だ!日本語でネームプレートを作るから」と。

そこに 鷲の羽ばたく絵も彫られていました

プレートの鷲の絵は、 ”鷲は再び舞い上がる”という意味 です

 津波生還者号は、この10年日本の北は北海道、南は沖縄まで、鶏 魚 カニ 野菜を分離して新しい価値を作ることを多くの皆様にお見せして来ました。価値の低い原料から良き食品を作り、未来を創るのです。特に魚は 獲れなくなり、人手も足りないのは世界どこでも共通している困難です。シーフードショウにも当然、出番です

 現在、世界中がCOVIDで苦しんでいます。しかし、それを打ち破らねば明日はありません。当たり前の人間らしい普通の生活をするために、我々も”鷲は再び舞い上がる”という挑戦をしようではありませんか

TATS紀行 津波関連 No.35 2011.4.10  No.36 2011.6

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